私は現在ワーキング・ホリデー(ワーホリ)制度を利用し、スペインにて就職活動中である。日本では、新卒一括採用、メンバーシップ型の終身雇用が一般的である。最近はその風潮が変化し始めていると述べられることもあるが、実態は依然として人材の流出性が低いままの業界が多い。特に私が属していた業界においては、初志貫徹、一つの会社に勤め続けることを美徳とする風潮が残っている。ここでは、そんな業界から飛び出した私の視点から、スペインで就活中に感じた日本の雇用とスペインの雇用の違いについて、偏見に基づいて記述していきたい。なお、実際の就活過程についての記事は↓。
結論
若年層の失業率が高いスペインであるが、その背景には新卒一括採用およびメンバーシップ型雇用の概念がない社会構造があるように感じられた。
本文
スペインの失業率
スペインといえば失業率の高い国の1つとして知られている。2021年の国際労働機関(ILO:International Labor Organization)の調査によると、スペインの失業率は、全体(15歳以上)では14.8%、若年層(15~24歳)では34.8%である。日本の失業率が、全体(15歳以上)では2.8%、若年層(15~24歳)では4.6%しかないことを踏まえると、スペインでの働き口の少なさが分かりやすいだろう。スペインの失業率は日本の10倍近いということだ。
ジョブ型雇用と新卒の若年層
スペインの求人サイトで私の専門分野(設計や開発職)の人材募集要項を見ると、
②5~8年以上の専門業務経験
③特定ソフトウェア等の業務使用経験
④ネイティブレベルの英語+上級レベルの第2外国語(フランス語やドイツ語等)
のような項目を最低条件として記載していたりする。もちろん新卒一括採用の概念はないので、新卒も中途も一緒くたにして応募される。20代がこれらの条件を満たすことはほぼ不可能である。私の知らない別の就職ルートが存在しないかぎり、社会構造上スペイン国内で雇われエンジニア経歴の第1歩目を踏み出すことは不可能に近い、と感じた(少なくとも私の専門分野に関しては)。
日本でもジョブ型雇用へ切り替えたいと考える会社が増え始めているが、新卒一括採用かつメンバーシップ型の終身雇用の文化が完全に崩壊した場合、どのような社会になるのだろう。企業からしたら、人材の流動性が高い環境の中で人材育成するなんて馬鹿バカしく感じるのではないか。企業は経験豊富な有能人材しか求めなくなり、人材育成を他所任せにしようと考えるのではないか。皆がみな経験豊富な有能人材しか求めなくなると、スキルや経験がない多くの若年層は行き場を失う。すると新卒後の第1歩目は、
Ⓑ起業または自営業
の2択から選ぶことが一般的になるのではないか。不安症でリスク回避思考が強く、判断や決断が苦手な日本人の気質を考えると、やはりⒶを選んで安定的に固定給をもらう人が多数派になるのだろうか。たとえ将来的にワーキングプアから抜け出せなくなることが想像できていたとしても。
そして、もう1つ気になるのは長期的に考えたときの国内産業の衰退である。例えば、今すぐ全ての企業がジョブ型雇用へ切り替えたとする。すると、何かしらのスキルや経験がある30代以上の人材は流動性が高まるだろう。一方で20歳代は定職に就けなくなる。10年くらいの間は特に大きな問題もなく社会は回っていくだろう。しかし、その10年の間に30代の人材は40代となり、経験を積めなかった20代が次の30代になる。そして次の20代も同じように定職に就けない。これが繰り返されると、生産年齢人口のほとんどが何のスキルも経験もないという状態に陥りそうなものである。私の目から見たスペインは、まさにこの過程を歩んでいるように思われる。
ジョブ型雇用と人材の海外流出
ついでに思ったのだが、スペインにおいて
②5~8年以上の専門業務経験
③特定ソフトウェア等の業務使用経験
④ネイティブレベルの英語+上級レベルの第2外国語(フランス語やドイツ語等)
のような求人にちゃんと条件を満たした上で応募する人はどのくらいいるのだろうか。若年層以外なら①~③を満たす人材がある程度存在するかもしれないが、④を満たした時点で給与水準の高い外国へ移住してしまいそうに思える。なぜなら、EU圏内に国籍を持つ人は、EU圏内の他国で自由に労働できるからである。2022年のOECD(経済協力開発機構, Organisation for Economic Co-operation and Development)による世界平均年収ランキングを確認すると、スペインの平均年収は日本とほぼ変わらない。そして、隣のフランスは平均年収がスペインよりも23%高く、更にフランスを跨いでドイツへ行けば38%、ベルギーに行けば51%も高い。周辺国と比較して高くもない賃金水準にもかかわらず、あえて働く場としてスペインを選択する積極的な理由はあるのだろうか。全ての企業が育成を放棄しジョブ型雇用を徹底した場合、就職を目指す有能な人材は国外に移住し、国内に残った人材は企業の求める採用条件を満たせず働き口を手に入れることができない、そんな状況にならないだろうか。こういった視点においても国内産業の空洞化を導くことになりそうだ。
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